個人開発で次の5年を生き残るためのブランディング戦略

個人開発で次の5年を生き残るためのブランディング戦略

個人開発で次の5年を生き残るためのブランディング戦略

生成AI時代を生き残るためには、感情がより重要になる/ハイブランドからブランディングを学んでみた/生産的な雰囲気をアプリに取り入れる/エデュテイメント: 教育+エンタメ

こんにちは、個人開発で生活しているTAKUYAと申します。 主に英語圏で活動しており、本稿は先日書いたブログ記事の日本語訳です。

個人で作っているMarkdownノートアプリInkdropの価格を、2024年2月5日から月額$4.9(年額$49.9)から$9.98(年額$99.8)に変更しました。Inkdropは2016年にローンチして、「自分がユーザならこれぐらい払う」という基準で値段を設定しました。それからありがたいことに7年以上このアプリを続けられていて、お役に立てている事の証左として捉えて喜びと感謝の気持ちでいっぱいです。奇跡だと思います。その間、状況も大きく変わり、アプリの機能性もずいぶん上がりました。その状況と提供価値を反映するために今回初めて価格を更新する事にしました。

この変更の背景については以下の記事で詳しく述べていますので、興味のある方はご覧ください:

Inkdrop値上げのお知らせ
こんにちは、TAKUYAです。 日本語ではご無沙汰しています。こちらはInkdropに関するアナウンスの日本語訳です。

本稿では、上記事における3番目の理由 — — 個人開発者として、またコンテンツクリエイターとして今後ブランディングをどうやって行くかという戦略について掘り下げて語りたいと思います。

個人開発者がブランディング?まじで言ってんの?

僕はInkdropのマーケティングのためにYouTubeチャンネルdevaslifeを始めました。当初は想像もしなかったですが、20万人近くの人がチャンネル登録してくれました。視聴者の反応を見ていると、その内容そのものに加えて、「やる気が出る」とか「インスピレーションをもらった」といった声がすごく多かったです。他のプログラマー系とは違う独自の動画スタイルを見つけたおかげで、その雰囲気が評価されたのだと思います。

学ぶ、コーディングする、あるいは作ること全般において、そのプロセスは孤独な道のりである事が多いです。その孤独や怠惰を乗り越え、取り組み続けるためのモチベーションを人々は求めているのだと分かりました。どうやら、僕の動画コンテンツの「雰囲気(Vibes)」が少なからずその役に立っているようです。

技術ノートアプリの個人開発者として、この「モチベーティブな雰囲気」をどうやったら製品の価値として取り込めるかをずっと考えていました。とても漠然としたアイデアですが、その具体化にあたってブランドの構築が一つの解かもしれないと考えるようになりました。

生成AI時代を生き残るためには、感情がより重要になる

そもそもなぜブランドを構築する必要があるのでしょうか。この議論には長期的目線が必要です。僕はアプリをより長く続けたいと思っているからです。次の5年・10年を見据えた時、昨今のChatGPTやmidjourneyといった生成AIの出現は無視できません。生成AIは将来的に僕らソフトウェア開発者やデザイナーの仕事を多かれ少なかれ置き換えると予想されます。僕は既にChatGPT無しでは生活できません。では、賢くなったAIが様々な問題を解決できるようになったら、わざわざ手仕事で書かれたアプリを使う意味はどこにあるのでしょうか?その1つの答えが「感情」なのではないかと思います。

例えば、ファッションは奇妙なビジネスです。「寒さから守る」とか「歩く」のような基本的な機能はすべて同じなのに、ものすごい数のブランドが存在していて、市場規模も広大です。例えばLVMH(Moët Hennessy Louis Vuitton)は、トヨタの時価総額を上回ります。この需要を作り出しているのは、そこに感情の要素が含まれているからです。外的な機能面に対して、人間社会の社交性や自尊心といった感情面の取り扱いに長けているのが、ハイブランドです。もし着るものに対して単に「快適に過ごしたい」といった機能面だけが求められていれば、こんな市場規模にはならないでしょう。

機能面ではAIがどんどん得意になって行きますが、感情面の取り扱いはまだまだ先でしょう。人間自身が取り扱いに困るほどに複雑だからです。機能面だけでなく感情面も上手く取り扱っているハイブランドのアプローチは、今後アプリ作家を続けていく上で非常に参考になります。

ハイブランドからブランディングを学んでみた

“服を作る (Making Clothing)” by Yohji Yamamoto

このアイデアを具体化するために、ここ1年ぐらい身銭をはたいてファッションブランドを研究していました。去年投稿した動画で衣装の変化が見られると思います。特にYohji Yamamotoを多用しました。なぜなら、彼のスタイルは日本の要素を洋服に絶妙なバランスで取り入れていて、動画の雰囲気にすごく合うと思ったからです。彼の服を纏うと、気分が高揚し、勇気が湧くことに気付きました。動画の撮影や投稿をしていると何かと奇異の目で見られる事が多く、それで弱気なってしまったりします。そんな自分の背中を後押しして励まされるような感覚を覚えました。

山本耀司氏の哲学には、次のようなメッセージが含まれています:

Be yourself, you are okay. Let’s do something bad together. Let’s step a little outside the morals of society.
あなたは大丈夫。悪いことを一緒にしようよ。世の中のモラルからちょっと外れてみようよ

彼の著書「服を作る」では、デザインに侘び寂びの概念を取り入れている事が語られています。

僕は必ず体と服の間に微妙に空気を入れている。つまり僕の服には間があるのです。「行間を読む」というような意味での「間」です。間の美学というのは、残念ながら日本にしか無い。これは誇るべき美学なのかもしれない。
音楽でいうと、黒人の生んだブルースなどが代表作ですけれども、彼らが一番大事にする「グルーブ」、日本語で「ノリがいい」とでもいうのか。楽譜には表すことが出来ず、その感受性のない人には届きにくい感覚です。

こういったメッセージ性やデザインの哲学に強く影響を受けました。つまり彼の服を着るというのは、彼のイデオロギーを纏う事となり、それがモチベーションに繋がるのです。この体験こそが自分のアプリで実現したい事だと気付きました。AIが無限にコンテンツを生成できる時代において、人間味を出し、感情に訴える事が重要になります。機能性だけで戦っていては、ただでさえ競争の激しいノートアプリ界隈で、生き残っていくのは厳しいです。このファッションの研究を通して得た知見をアプリに適用して差別化する事が、今年を通して取り組みたい課題です。

生産的な雰囲気をアプリに取り入れる

Video: How I take tech notes (英語)

では、どのようにしてアプリに「感情」を実装するのでしょうか?

この7年を振り返ってみると、僕は以前から感情を取り扱っていました。それはブログで自分のストーリーを語る事です。個人開発を通して起こる良いことや悪いことを赤裸々に語るのです。その効果は大きく、そのお陰で応援してくれる人をうまく集められました。人々は頑張っている誰かのストーリーに参加するのが好きなのです。動画フォーマットはテキストよりも発信者に親近感を持ちやすい特徴があります。なので、動画を通してこの感情の取り扱いを更に一歩進められそうです。

つまり、動画であなたのモチベーションを上げて、Inkdropがあなたの行動を助ける。例えば、僕が実際にInkdropを使って何かを学び作る様子を動画で投稿すれば、ユーザの創造性を刺激して行動を促せるのではないか。この「インスピレーションと行動のシナジー」は、アプリとコンテンツを通じて僕自身が提供できるコアの価値となります。Inkdropを使う事で、Yohji Yamamotoの服を着て背中を押されるように、開発へのモチベーションも上げられたらブランディング成功です。

繰り返しになりますが、勉強やコーディング、創造する事は孤独な道のりです(それが幸せでもあります)。モチベーティブな雰囲気をアプリで演出できれば、ユーザの感情面でのハードルを乗り越えるのに役立つはずです。それはAIにはまだまだ出来ない事です。

はい、めっちゃ難しいです。たぶん何言ってるか分からないですよね?僕の知る限り、このような戦略を取っている個人開発者はまだいません。新しい領域です。それは、よりニッチで深いユーザ層になるでしょう。それがInkdropの価格を上げることにした理由の一つです。「そんなものは求めていない」と解約する人も沢山いるでしょう。でも、やらないで後悔するよりは、やりたいことを最大限追求したいと思います。せっかくの個人開発なのだから。

エデュテイメント: 教育+エンタメ

Video: Learning SvelteJS and taking notes about it (英語)

次に、ブランディングに向けて具体的に何を作るのかを説明します。現在、Inkdropには新規ユーザに向けた動画チュートリアルがありません。もともとMarkdownを既に知っている中級者以上向けだったから、あまりそこに力を入れてきませんでした。このチュートリアルを、少し異なる趣向で作りたいと思います。

「エデュテイメント(Edutainment)」という言葉を聞いたことはありますか?最近知った言葉です。これは「教育的エンターテイメント」を指し、楽しみながら学習するコンテンツを意味します。この言葉を知った時に、まさに自分のチャンネルでやっている事だなと思いました。雰囲気を楽しみつつコーディングを学ぶことができるからです。

アプリの使い方を学ぶのは基本的に退屈です。このエデュテイメント動画を作れば、Inkdropの使い方を初心者でも楽しく学べるでしょう。そのための新しい動画スタイルを探求していました。プロトタイプはこんな感じで、未来的な感じの雰囲気です:

上手くいくか全く分かりませんが、やってみる価値はあると信じています。この「ストーリー」への参加に興味が湧いた方は、ぜひ僕のプロダクトInkdropをチェックしてみてください:

Inkdrop - Note-taking App with Robust Markdown Editor
The Note-Taking App with Robust Markdown Editor

あなたの個人開発の参考になれば幸いです。良い一日を!

Read more

なぜ体を壊してまで個人開発を頑張るのか?自尊心の欠如や過集中癖と向き合う

なぜ体を壊してまで個人開発を頑張るのか?自尊心の欠如や過集中癖と向き合う

どうもTAKUYAです。最近、個人開発を頑張りすぎて体調を崩してしまいました。アトピーが猛烈に悪化して、QoLが著しく下がってしまいました。まだ療養中ですが、毎日1万歩以上歩いて、徐々に回復しつつあります。 この過ちを繰り返さないためにも、自分は一体何が原因で頑張りすぎてしまうのか?という事について深堀りして考えてみたいと思います。また、個人開発におけるメンタルヘルスはあまり語られていないトピックだと思います。本記事が、同じように仕事を頑張りすぎてしまう人の助けになれば幸いです。 TL;DR * なんとなく続けていたソフト開発が自分を救った * 原体験が歪んだモチベーションを生んでしまった * 親が引くほどの過集中癖がある * 生得的な直せないバグと考えることにする * アプリの成功に関係なく、自分をあるがままに受け入れる * 挫折しないのは、なんだかんだで前向きだから * ユーザさんから「休め!」と叱咤された * 人生は長い。個人開発なんかで死ぬな 自己の原体験について振り返ってみる 個人開発だけで生活するようになって、かれこれ8年ぐらいが経ちます。こう

By Takuya Matsuyama
ユーザサポートの問い合わせを装った攻撃が怖すぎた

ユーザサポートの問い合わせを装った攻撃が怖すぎた

どうもTAKUYAです。個人開発をしていてアプリの知名度が上がってくると、作者個人(あるいはサイト管理人)を狙った攻撃というのをたまに受けます。つい先日も、怖すぎるメールを受け取ったのでシェアします。 件名: Cookie consent prevents platform access Hello, I cannot access use the store. The cookie consent notice keeps appearing and nothing happens once I approve or try to close it, so I’m unable to interact with the website. Please provide guidance on

By Takuya Matsuyama
万年ペーパーの自分が車の運転を楽しめるようになった理由

万年ペーパーの自分が車の運転を楽しめるようになった理由

どうもTAKUYAです。大学の入学前に免許を取って以来ずっとペーパードライバーで、都市生活では出来る限り運転は避ける生活を送っていた。事故を起こせば人を◯してしまう可能性もある代物を日常的に運転するなんて考えられなかった。 そんな自分に転機が訪れたのは、結婚して大阪に戻った事と、子供ができた事、そしてアウトドアに興味を持った事だ。大阪近辺だと箕面とか野勢、神戸、丹波篠山などが日帰りでドライブしやすい距離だ。それで、恐る恐るタイムズのカーシェアで時々ではあるが運転するようになった。 他の車も生きた人間が運転しているという驚き まず運転していて気づいたのは、他の車にも生きた人間が運転していると言う点だ。そんなのは当たり前だろと思うかもしれないが、結構新鮮な発見だった。Grand Theft Autoなどの現代をモチーフにしたゲームをプレイすれば分かるが、NPCの車の動きは鈍臭いのでガンガンぶつかる。プレイヤーの進行を予測した動きなどしないからだ。 しかし現実では相手も事故りたくないので、お互いに動きを読み合い、譲り合って運転する。ルードな運転手もたまにいるものの、どちらかがよっぽ

By Takuya Matsuyama
禅的思考: なぜInkdropはMarkdown独自拡張をしないのか

禅的思考: なぜInkdropはMarkdown独自拡張をしないのか

InkdropはMarkdownのノートアプリですが、Markdownの独自拡張は「絶対にやらない」と決めていて、それがアプリの哲学になっています。 Markdown(厳密にはGitHub-flavored Markdown)の強みは、ソフトウェア業界標準で広く使われてい緩い文書フォーマットという所です。 アプリの独自記法を加えてしまったら、あなたの書いたノートはたちまちそれらと互換性がなくなります。 「独自記法を加えた方が便利な機能が付けられるだろう」と思うかもしれません。もちろん実際Markdownは完璧な書式ではないため、必要な場面はいくつかあります。例えば画像のサイズ指定方法が定まっていない、など。それでも自分は、ノートの可搬性を第一にしてきました。その裏には禅にまつわる哲学があります。 日本の文化は周りの環境と対立するのではなく、溶け込もう、馴染ませよう、共生しようとする傾向があります。窓の借景、枯山水、建築の非対称性、茶室のシンプルさ、侘び寂びなどあらゆるところで見られます。 絵画における「減筆」の手法を例にとって説明します。 これは、描線を最小限に抑えながら絹や紙の

By Takuya Matsuyama