アプリの売上目標を立てるのをやめました

アプリの売上目標を立てるのをやめました

アプリの売上目標を立てるのをやめました

お金は短期的なモチベにしかならない / 「より大きく」ではなく「より良く」を目指す / 足るを知る / 人生は一度きりだから開き直る

English version is available here.

どうもTAKUYAです。InkdropというMarkdownノートアプリを作って、今は運良くそれで生活が出来ています。1,300人の課金ユーザがおり、コンスタントに成長しています。つまり、僕は拙作アプリで食うという念願の目標を達成しました。総売上は1,000万円を既に超えました。1,000人の顧客を抱えていれば、生活費を賄うための心配をしなくて済みます。さらに、旅行に行ったり自己投資する余裕すらあります。とても幸せです。

しかしながら、それは僕がもう開発を頑張らなくていいという意味ではありません。アプリは引き続きメンテしていく必要があるからです。解決すべき問題や、改良すべき機能は常に山積みです。サーバが落ちていてはユーザは速やかに使うのをやめてしまうでしょう。ロードマップを公開して、僕が今後どんな改善に取り組むのかを宣言しました。顧客のみなさんがそれを楽しみにしてくださっているのが分かります。つまり、ここで手を止めるわけには行かないのです。

問題は、さらに継続して取り組むためのモチベーションを与えてくれる次の目標を見つける事でした。なぜなら、もはやお金を稼ぐのは、あまりやる気にはつながらなくなってしまったからです。僕はこの先の大変な道のりを乗り越えるのにふさわしい目標を見つけるのに苦心していました。そして最終的には、売上目標を立てるのをやめることにしました。何かしら目標を立てるより、むしろ何も立てないほうがプロジェクト継続に良いことに気づきました。本稿では、自分がなぜ目標を立てないという決断に達したのか、そしてその方がなぜ良いのか、お話したいと思います。

お金は短期的なモチベーションにしかならない

少し前に、「どうやって個人開発を3年間続けたか」という記事を書きました。それは、「グリット(Grit)」 — 粘り強さ・猛烈な努力・やめない強さについて書いたものです。目標設定というテーマはそれと似ていますが、また別の問題でしょう。

1,000人の顧客獲得という目標を達成した後、僕は以前ほどあまりモチベーションが高くない事に気づきました。なぜなら、目標を達成した時点で、その目標は消えてしまったからです。問題に取り組むために机にしがみつく理由が一つ減ってしまったのです。僕はプロジェクトをより育てたいと思っていました。でもそれはなぜ?なんのために?

次の目標として2,000人の顧客獲得はあまり魅力的ではありませんでした。なぜなら1,000人という数字は生活して行くための必要要件だったからです。もちろん、売上をもっと増やすのは素晴らしいことです — — いろんな所に行けるようになりますし、好きな街に住めたり、買い物もたくさん出来ます。でも…それは自分にとって十分なモチベーションには繋がりませんでした。ダニエル・ピンクの書籍を読んでいたら、その理由を見つけました:

「ある活動に対する外的な報酬として金銭が用いられる場合、被験者はその活動自体に本心からの興味を失う」〜中略〜 報酬によって、人のやる気を短期間起こさせることは可能だ — — ちょうど、カフェインの刺激によってさらにもう数時間頑張れるように。だが、報酬の効果は次第に弱まる。それだけではない。そのプロジェクトを続けるために必要な長期的モチベーションが失われるおそれもある。
ダニエル・ピンク『モチベーション3.0 持続する「やる気!」をいかに引き出すか』

自分の場合、お金は「報酬」というより「希望」でした。1,000人を目指す目標は、銀行口座の残高が毎月減っている間は恐怖を伴って有効でした。課金ユーザの数が増え始めた時、まるで長い長いトンネルの出口が遠くの方から近づいてくるように感じました。今では残高の減少が止まり、無事そのトンネルを抜け出すことが出来ました。ある朝起きて、その恐怖が消え去ったことを実感しました。その瞬間から、お金は希望から報酬に変わりました。でも報酬としてのお金は以前より上手く働きません。それはもはや自分の生活に直接的・決定的に影響しなくなったからです。また、僕はビル・ゲイツのような大金持ちになりたいという願望も特にありません。

このようにして、お金はプロジェクトの動機づけとしては物足りなくなりました。

「より大きく」ではなく「より良く」する事を目指す

クリティカル・シンキングは客観的に物事を考えるいい方法です。僕は自分に問いかけました。「目標は本当に必要なのだろうか?」と。そもそもこのプロジェクトは自分が好きで始めたものです。それで稼ぐのは、単にプロジェクトを継続させるために必要なだけであって、本当のモチベーションの元ではありません。もしかして自分は、恐怖を振り切るために売上目標に集中しすぎていたのではないか、と疑いました。

BasecampのCEOであるJason Friedは、彼のブログ記事で「目標は持ったことがない」と述べています:

I do things, I try things, I build things, I want to make progress, I want to make things better for me, my company, my family, my neighborhood, etc. But I’ve never set a goal. It’s just not how I approach things.
私は物事に取り組み、試し、作り、進捗させたいし、自分や会社、家族やご近所などにとってより良いモノにしたい。でも一度も目標を設定したことがない。それは自分の物事への取り組み方ではない。
A goal is something that goes away when you hit it. Once you’ve reached it, it’s gone. You could always set another one, but I just don’t function in steps like that.
目標とは、達成した瞬間消えてしまうものだ。一度それに達したら、存在しなくなる。いつでも別の目標を設定できるだろうが、私はそのような手順では働かない。
“I’ve never had a goal”, Jason Fried

これは鋭い洞察です。同様に僕も、いいモノを作ったり、進捗を得たり、より良くする事に深い幸福を感じます。これはVCに投資を受けたスタートアップではないので、爆発的な成長は要求されません。僕がしたいのは、プロダクトを「大きくする」のではなく、「より良くする」事です。それはオープンソースの開発者たちが興味関心から取り組んでいるのに似ています:

北米と欧州におけるオープンソースの開発者六八四人に対して、プロジェクトに参加した理由を調査した。多様な動機があるなかで、「楽しいからという内発的動機づけ、つまり、そのプロジェクトに参加すると創造性を感じられることが、もっとも強力で多くの人に共通する動機づけだ」と、二人はこの調査から明らかにした
ダニエル・ピンク『モチベーション3.0 持続する「やる気!」をいかに引き出すか』

なので、売上はボーナスと考えることにしました。自分自身を動機づけるには、行きたい方向性があればきっと充分です。恐怖駆動のモチベーションはもう要りません。

足るを知る

僕は自分の好きなことを好きなだけやりたい。それがモチベーションの本当の源泉です。ビジネスの規模は気にしません。

なので、いわゆる世間一般の「成功」は目指しません。その代わり、Paul Jarvinsの言うような成功の定義が気に入っています:

Success is about finding a way to sustain a business as long as it needs to be sustained. Your success can be measured by being profitable quickly as you stay small and build real relationships with your customers — not because you’re an altruistic hippie, but because it pays off over time.
成功とは、ビジネスが必要なだけ継続できるような方法を見つけることだ。その成功は、小さく保ちつつ素早く収益化して、顧客との中身のある関係を築くことで計測することができる。
Paul Jarvins “Company of One: Why Staying Small Is the Next Big Thing for Business”

際限のない成長や拡大にフォーカスしないことで、ビジネスは持続可能になります。日本には「老舗」と呼ばれるビジネスが多く存在します。面白い事に、全世界で100年以上続くビジネスの90%が日本の会社です。それらすべてが従業員300人以下で、景気に左右されず急成長を避けることで生き残ってきました。

さらに、小さく保つことは人生を楽しむために自己投資する選択肢を与えてくれます。つまり、あなたは生活と仕事の両方を楽しめるのです。もしお金をもっと稼ぐことが今必要ならそうすればいいですし、同じだけ働いて同じだけ稼ぐという選択肢もありえます。それはすべて自分次第です。「足るを知る」ことは選択肢を得ることです — — すなわち、自由です。

人生は一度きりだから開き直る

Inkdropは今のところ売上がありますが、それがいつまで続くかは誰も分かりません。製品をより良くすることに努め、小さく保ち、顧客とのリアルな関係を構築することに集中することが、自分にやる気と忍耐強さを与えてくれます。でも、いくらがんばっても、やはり失敗する時は失敗します。それが自分にとっての最も大きな不安ですが、それは以前書いた通り「そういうもんだ」として受け入れる事にしています:

漠然とした不安や失敗への恐怖は、自分が本当にやりたい事に挑戦しているかどうかを示すバロメーターなのです。上手く付き合う事で、今日やるべきことに確信が持てます。このプレッシャーを受け入れましょう。
どうやって個人開発を3年間続けたか

人生は一度切りです。どうせ失敗するなら、思う存分やりたい事をやって後悔しないように生きたいと思います。最後に、中国の古典「老子」から格言を引用します:

「確かなものにすがろうとするから不安になる。あやうさを生きよ。」
「何かを得るというなら、その得を受け入れ、何かを失うというなら、その失を受け入れる。」
安冨歩『老子の教え あるがままに生きる』

今この瞬間を大事に生きよう。本稿があなたのプロジェクトのモチベーションを見出すヒントになれば幸いです :)

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過集中を避けるための働き方とルーティン(二児の父ver.)

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どうもTAKUYAです。 先日書いた通り、最近個人開発を頑張りすぎて体を壊してしまいました。 その原因の一つが過集中癖です。自分はもともと何かに集中すると周りが見えなくなる傾向があり、それがたまに私生活にも影響を及ぼします。同じ失敗を繰り返さないためにも、ちょっと働き方を再設計したいと思います。 働き方に対して他人の指摘をアテにしない 自分のようなフリーランサーまたは自作サービスで生計を立てている人は、時間の使い方を自分で自由に決められます。その反面、どこまでも極端な働き方が出来てしまい、それを指摘したり止めてくれる人がいないという欠点もあります。自分には妻がいますが、全く違う業界なので自分の作業ペースがどのようなものか具体的に把握できません。 「疲れた!」と言えば「休んだら?」と言ってくれますが、働き方やペース配分などにまで口は出しません。なので、他人のストップサインはアテに出来ません。 (心理カウンセラーの可能性を別途検討中) 最近子供が生まれたので厳密なルーティン実行は出来ない 一日を時間単位・分単位で区切ってルーティンを組むのは気持ちがいいですよね。僕もそうしたい

By Takuya Matsuyama
なぜ体を壊してまで個人開発を頑張るのか?自尊心の欠如や過集中癖と向き合う

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どうもTAKUYAです。最近、個人開発を頑張りすぎて体調を崩してしまいました。アトピーが猛烈に悪化して、QoLが著しく下がってしまいました。まだ療養中ですが、毎日1万歩以上歩いて、徐々に回復しつつあります。 この過ちを繰り返さないためにも、自分は一体何が原因で頑張りすぎてしまうのか?という事について深堀りして考えてみたいと思います。また、個人開発におけるメンタルヘルスはあまり語られていないトピックだと思います。本記事が、同じように仕事を頑張りすぎてしまう人の助けになれば幸いです。 TL;DR * なんとなく続けていたソフト開発が自分を救った * 原体験が歪んだモチベーションを生んでしまった * 親が引くほどの過集中癖がある * 生得的な直せないバグと考えることにする * アプリの成功に関係なく、自分をあるがままに受け入れる * 挫折しないのは、なんだかんだで前向きだから * ユーザさんから「休め!」と叱咤された * 人生は長い。個人開発なんかで死ぬな 自己の原体験について振り返ってみる 個人開発だけで生活するようになって、かれこれ8年ぐらいが経ちます。こう

By Takuya Matsuyama
ユーザサポートの問い合わせを装った攻撃が怖すぎた

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どうもTAKUYAです。個人開発をしていてアプリの知名度が上がってくると、作者個人(あるいはサイト管理人)を狙った攻撃というのをたまに受けます。つい先日も、怖すぎるメールを受け取ったのでシェアします。 件名: Cookie consent prevents platform access Hello, I cannot access use the store. The cookie consent notice keeps appearing and nothing happens once I approve or try to close it, so I’m unable to interact with the website. Please provide guidance on

By Takuya Matsuyama
万年ペーパーの自分が車の運転を楽しめるようになった理由

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どうもTAKUYAです。大学の入学前に免許を取って以来ずっとペーパードライバーで、都市生活では出来る限り運転は避ける生活を送っていた。事故を起こせば人を◯してしまう可能性もある代物を日常的に運転するなんて考えられなかった。 そんな自分に転機が訪れたのは、結婚して大阪に戻った事と、子供ができた事、そしてアウトドアに興味を持った事だ。大阪近辺だと箕面とか野勢、神戸、丹波篠山などが日帰りでドライブしやすい距離だ。それで、恐る恐るタイムズのカーシェアで時々ではあるが運転するようになった。 他の車も生きた人間が運転しているという驚き まず運転していて気づいたのは、他の車にも生きた人間が運転していると言う点だ。そんなのは当たり前だろと思うかもしれないが、結構新鮮な発見だった。Grand Theft Autoなどの現代をモチーフにしたゲームをプレイすれば分かるが、NPCの車の動きは鈍臭いのでガンガンぶつかる。プレイヤーの進行を予測した動きなどしないからだ。 しかし現実では相手も事故りたくないので、お互いに動きを読み合い、譲り合って運転する。ルードな運転手もたまにいるものの、どちらかがよっぽ

By Takuya Matsuyama